2010年4月3日土曜日

介護施設に入るのをどのように伝えるか




居宅介護でもそうだが、介護を受ける人が、外部からのヘルパーさん受け入れや、介護施設に入る事を、誰が、どのようにして説得するのか、難しい役目だ。
自らの意志で決意することがとても大事だが、そこへ到達するまでのプロセスを考える人や、その役割を担う人のことは、介護問題では余り話題にならない。

上野千鶴子さんは、施設に入った方が「安全・安心」だから入りなさいと言うが、一体、誰が「安全・安心」なのかと皮肉たっぷりに言っている。
確かに、居宅介護の経験のある人なら分かるが、その経験の無い人、特に男性の場合は観念論に終始して、「普通、子どもが引きとって面倒をみるものじゃないの」などと、平気で言う。
私もそのように言われてとても悔しい思いをしたことがある。
分からないので仕方がないが、自分の場合でも経験が無ければ、きっと同じ事を言ったかも知れない。

大抵の場合、親を施設に入れる時は、相当の葛藤があってその結果として、決意を促し、自ら決意をしている。

私の仲間で、親ひとり子一人の女性のケースを紹介したい。母親は若いときに夫と死別して、その後、公務員をしながら子供を育ててきた。
大学卒業後、彼女は東京で就職、別々に暮らして40年程経っていた。
母親は元気で、田舎でひとり住まいを楽しんでいたのだが、ちょっとしたことで転んでしまい、それが原因で歩行が困難になった。
そうなると田舎での独り住まいは、難しいのだが、母親は東京の暮らしには抵抗があり、近所の友達にも助けられながら、独りの暮らしを続けていた。
しかし、徐々に体力が落ち、独り住まいが困難になったため、仕方なく東京へ引越し、彼女と同居を始めた。
仕事をしながらの介護だが、初めのうちは双方にとって幸せそうに思えた。
二人共、長い間一人暮らしだったので、相手がいることが便利で気が紛れるし、母には年金もあり、経済的にも恵まれた親子二人暮らしであった。 

しかし、その母が衰弱し、車椅子生活になり、自宅で入浴サービスなどを受けるようになってくると、母を独りで家において仕事を続けるのがだんだん難しくなってくる。
生来、母親は一人暮らしが長かったためか、自分のやりたい事ができない生活に不自由もあり、不満も溜まってくる。
介護保険で、ヘルパーさんにもお世話になっていたが、何かあると会社に母親から頻繁に電話がかかってくるようになった。
夜間も介助が必要なことが増え、彼女の仕事に支障が出始める。

随分悩んだ末、彼女は母に
「お母さん、このままでは私の仕事が続けられなくなるし、お母さんも昼間私がいない間困ったことも多いでしょ、どこか安心のできる施設を探すので、入ってくれませんか ?」と言ったところ、
「私はお前をそのように育てた覚えはありません、ちゃんと自分の親の面倒くらいは見なさい」と言下に否定された。

彼女はそれを聞いて、ああ、この人も変わった、昔は、「自分も独りで生きてきたので、お前も独りで生きなさい、決してお前を頼ったりしないから」と言い続けたのだが・・

その後、介護と介助で大変な生活が続いた。 
朝、明らかに憔悴しきった状態で出社してくるし、いらいらして周りのスタッフとぶつかることも多くなってきた。
欝の症状も目立つようになり、仕事にも支障をきたすようになってきて、上司から私も相談されるようになった。
こんな時、他人に出来ることは愚痴をきいてあげるくらいだ。

しばらくして、彼女の様子が少し変わってきた、どうしたのか聞いてみたら
ついに意を決して、お母さんに
「私は、もう限界、仕事もダメになるし、私の生活はもう崩壊しているの、悪いけど、良い施設をさがすから、そこに移って欲しい」と宣言したのだ。

お母さんはその後、1ヶ月間ほとんど口をきいてくれなかった。
そして、遂に「私も覚悟を決めました、ずっと長い間独りで生活してきたのに、ついあなたとの生活が楽しかったものだから、それに甘えていたのね。どこでもいいから老人ホームに入るわ」と言われ、二人で思わず手をとりながら涙を流した。 

母親は理性の勝った人で、娘に迷惑をかけてはいけないと解っているのだけど、年をとって弱気になり、しかも二人きりの親子だから、情が強く出てきたのだろう。
その後、母親は近くの有料老人ホームに入り、毎週末には親子で散歩に出かけたり、食事を一緒にしたり、仲良くやっている。

我々も、だんだん介護や介助を必要にする年代に突入しているが、今は元気だから、子どもたちの世話にならないで、いよいよとなったら施設に入ろうと考えている。 即ち、まだ理性による、情の抑制が効いているが、果たして、衰弱した時に、情が理に勝るのではないかと恐れる。

その意味からも、早い段階で「マイノート」の記入が必要かなと思うのだ。

2010年3月26日金曜日

マイノートの書き方講座



三鷹市を活動拠点にする「生きがいクラブむさしの」との共催で実施した、マイノートの書き方講座が、全3回(一回あたり2日)のコースを終了した。
毎回、市民の出席者が異なり、回を追うごとに参加者が増え、講座が市民層にだんだん定着しつつあるのを実感する。
数年前から介護についての講座をこつこつと地道に継続してこられた「生きがいクラブむさしの」の活動に敬意を表したい。
講座は、マイノートを教材に、その内容、趣旨、書き方などを解説、説明するものである。 
誰でも、マイノートを手にして、内容を見ると、「これは大切な内容なので、ぜひ入手して、書きたい」と言うのだが、しばらくして、聞いてみると、誰も書いていない。
理由は、
「まだ元気だし、介護をうけるまでには、相当時間があるので、そのうち」
「開いていざ書こうとするのだが、献体とか終末期医療とか、お墓とか、重いテーマが多いので、書く決断ができない」
と言うのがほとんどの答えだ。
今回のマイノート講座は、このような現実を踏まえて、マイノートを書く必要性を中心に、自発的に書き始められるようにするのが、目的であった。
内容については、マイノートを参照していただきたいが、終了後出席者から寄せられた、アンケート結果をご紹介することによって、講座の評価としたい。

以下アンケートより。

①今までこの種のものは何冊も求めたが、一読すらせず、そのままにしている状態。理由は、「のんびりいこうよ」の漫画のとおり。これを機にまとめてみよう……と思いました。(80歳代の男性)

②思いは常にあるのですが、延命治療、遺言等々本当にありがとうございました。前回講師のiさんにもご丁寧に助言を頂き、気が軽くなりました。ありがとうございました。(60歳代の女性)

③mさんの講義は、自分の体験を含めての話であったので説得力があった。また、人生後期の生き方について全般的な話があったので、参考になりました。(60歳代の男性)

④実際に介護をされた方々の経験に基づいたお話しなので、「マイノート」を作成しておく意味がよくわかりました。また、休憩中のリコーダー演奏や??の配布など細やかなプログラムで長いセミナーも楽しく拝聴できました。
講師の方々や、準備をしてくださった皆様、ありがとうございました。(60歳未満の女性)

⑤今まであまり考えた事がありませんでしたが、高齢になって、この機に考えておきたいチャンスが出来たと思います。(70歳代の女性)

⑥残された人生の生き方、思いを考える大切さを感じさせられました。感謝いたします。(60歳代の女性)

⑦今日の講座を機に、日々このようなことを考えてゆきたいと思います。(70歳代の女性)

⑧善は急げで、よーく調べて、早速実行するつもりです。友人を通じ参加させていただきありがとうございました。
また、よい事がある時にはご連絡くださいませ。(70歳代の女性)

⑨前回に引き続き、今回も非常に勉強になりました。せっかく、マイノートが手元に来たのですから、ぜひ書いて残し、娘にも話しておこうと思います。(60歳代の女性)

⑩ご配慮頂きほんとうにありがとうございました。お蔭さまで楽しく有意義に学べました。(70歳代の女性)

⑪もう数回、定期的に講座を設けて頂けるとありがたいです。(60歳未満の女性)

⑫介護が必要になったときの状態が、現在、不明である。在宅介護が可能か、介護施設に入らなければならないか(特に夜間が問題と思う。)二通りの場合を考えておく必要があると思うが、経済的な問題で、そのための用意が必須と思います。(80歳代の女性)

⑬簡単なようですが、いざ書き残すとなると、思考が纏まっていないことに気付かされました。 任意後見契約と遺言執行人は、ハッキリしておかねばと思います。

⑭よくわかってよかったです。また、お話会がある時はご連絡ください。よろしくお願いします。(70歳代の女性)

⑮よく理解したこと、そうでないことがわかりました。自分と真摯に真向かうことが絶対必要で、何でも積極的に自ら主張していかなくてはならない時代になってきたんだと強く感じました。生き方の違いはどうあれ、自分のことをどこまでさらけだしたらよいかの判断の材料にもなった気が致します。 友人グループの方々におすすめします、マイノートを。(60歳代の女性)

⑯講義内容は具体的で実践に役立つものでした。少し自分でも整理が出来たように思いますので、実際に活用出来るものを作成したいと思います。(60歳代の女性)

⑰第1回2/12は必要性、考え方が中心でしたが、ここでも書き方について時間を割いて頂くとよいと思います。第2回2/19で作業時間が足りませんでした。ノートとして一応完成させて型にするのがよいと思います。(60歳代の男性)

⑱実は2年前から自己流で作っておりました。今回参加して過不足の無い内容に改めて助けられた思いです。このタイミングで参加でき、本当に嬉しく思いました。必ず書き残したいと思いました。*休憩時のリコーダー演奏もとても心が和み素敵でした。いろいろお心遣いに感謝、御礼申し上げます。(60歳代の女性)

⑲細かいところまでお心くばりが感じられて、穏やか気持ちでマイノートを書こうという気持ちが高まりました。ありがとうございました。(70歳代の女性)

マイノートを入手され、記入した後で、内容を変更した場合など、ブランクのページが必要になる場合もあります。 記入したけど、後で気が変わった、状況が変わったなど、内容を変更したい時、マイノート全体は要らないが、一部のページだけ欲しい。そんな時のために、マイノートをこのブログからダウンロード出来るようにしました。
右側のマイノート冊子をクリックしていただければ、ワード版マイノートをダウンロードできます。 ご自由にお使いください。

2009年10月7日水曜日

高齢者社会とケア 上野千鶴子さんの講演から

「おひとりさまの老後」の著者である上野千鶴子教授の講演から、抜粋したものを紹介します。
家族像が大きく変貌してきている現代において、介護問題のなかにその変化が顕著に出てきている。
これからの自分自身の老後と、介護を考える上で、示唆に富む内容です。

1.高齢化と家族の変貌
同居家族の状況を見ると、1960年代子供と同居していた高齢者の割合はおよそ70%であったのが、2006年度には、夫婦のみ、一人のみの合計が52%になって、高齢者世帯の状況が大きく変わってきた。
それに伴い、高齢者の意識も変貌し、「老後を誰に頼るか」との質問に、1950年、「子供に頼る派」は60%、だったのが、1963年ごろ割合が逆転し、「子供に頼るつもりがない派」が1995年には60%を超えた。現在ではこの割合はもっと高いと思われる。
そうなると、子供とは別居で、家計も別という高齢者世帯が過半数を占める状況になってくる。

2.家族に法的介護責任はない ?
民法には家族(子から親へ)の法的介護責任なんて言葉は出てこないが、親から子には「生活保持義務」があります。 子から親へは「生活扶助義務」だけがあり、この扶助の内容は、お金を出す義務があって、手を出す義務はない。
だから、親が要介護状態になったときに第三者や公的権力が介入できるのは、介護者を付けて、そのことによって費用負担が発生したときの費用弁償を子供に求めることまでしか出来ない。
ところが、最近「高齢者虐待防止法」が制定されて、虐待の擁護者責任が問われるようになった。この場合擁護者とは誰なのか、同居して介護している夫婦の一方なのか、同居して親の介護をしている子供なのか。そうだとすると、同居していない子供はその責任を問われないのか。 あるいは子供の配偶者、すなわち親族ではないものは擁護者責任を問われるのか。
法律が出来たばかりなのでまだまだかなりの問題が含まれている。

3.家族に介護能力はない ?
歴史的に高齢者介護が本当に家族の中で行われてきたのか、こんな超高齢社会が成立する前の日本社会では、そもそも年寄りの数が少なかった。「寝たきり」になってもそんなに長くその状態ではいない。
今、平均寝たきり期間(亡くなるまでにすべての高齢者が寝たきりになる期間)の平均は8.5ヶ月。
これは年々伸びていて、この2年間で0.2ヶ月も延長された。介護水準が高いせいで伸びている。
要介護高齢者と称するもの自体が歴史的に全く新しいと言わざるを得ない。

4.要介護高齢者の登場
そもそも介護保険ができなければ、要介護高齢者は存在しなかった。介護を要するかどうかは、今は介護度認定と言う公的な機関が判定するが、それ以前は誰が決めていたのか。
そういう人は居なかった。その時には要介護と今日の水準から見て判定できるはずの高齢者であっても実際のところ、それにふさわしいような介護を受けることなく遺棄、ネグレクトされた高齢者達がいたに違いない。例えば、介護の中で「床ずれ」というのは高齢者虐待の1つになっており、床ずれを作るというのは介護の中で最低のこととされています。 しかし、昔の寝たきりのお年よりは「床ずれ」があるのが当たり前でした。介護の水準が全く違ってきている。要介護者の数が増えたのみならず、期間が長くなった。栄養水準、衛生水準、医療水準、介護水準が上昇したおかげです、すなわち文明の証です。
このような人達(要介護者)が昔から家族の中にいて、家族でこのようにお世話していたと言うのは、根拠のない思い込みに過ぎない。

5.介護保険の効果
介護保険が出来たときに、介護を外注することに対する抵抗がありました。しかしここへ来て大きな変化が起こりました。 介護保険は一人世帯の介護を想定していません。家族が居ることを前提に、家族の介護負担の軽減が政策意図であり、その通りの政策効果をもたらしました。 同時に介護保険利用への抵抗が急速に薄れ、権利意識が普及し定着しました。 介護保険施行初年度、要介護認定のうちの利用率は5割でしたが、わずか3年後の介護保険改定期には利用率が8割まで伸びたのです。
もともと介護保険は医療保険の財政破綻を糊塗するために出来ました、在宅支援を言う美名の下に
できるだけコストの安い介護を供給しようという意図でした。しかし実態は施設利用が急速に増えてきて
いわば「うばすて」的な利用が主体となってゆきました。

6.利用者ニーズとは何か ?
介護保険は在宅支援を中心に使用と意図されたのですが、その意図ははずれ、施設志向が強化される結果となった。 地域のニーズを見てみると、ホームヘルプよりデイケア、ショートステイ施設のニーズが高くなっている。誰のニーズか、勿論家族のニーズだ。施設入居を選択しているのは、圧倒的に本人ではなく、家族で、デイケア、ショートステイなども自分で進んで行く年寄り少なく、たいていは家族がなだめすかしながら連れて行っているのが実情だ。
最近になって在宅支援が再び伸びているが、これは高齢者夫婦世帯と単身世帯の増加に伴って、ホームヘルプが増えているのだ。すなわち出て行って欲しいのは子供の都合であることが、よく分かる。
施設の入居者に聞くとたいていの人は、「施設の人はよくしていただいていますが、やはり家に帰りたい」と言うのだ。どんな素晴らしい施設よりも、どんなぼろ屋でも自分の家が良いと皆言う。
その家に帰れない理由は、たった1つ、そこには家族がすでに住んでいて、家に帰らないで欲しいと思っている。 そのサービスに応えているのが介護施設サービスなのだ。

7.家族介護への選好
ところで、「家に帰りたい」という高齢者のニーズが、家族に介護してもらいたいと言う希望なんだろうか。
面白いデータがある。 「あなたは誰に介護してもらったら抵抗を感じますか」という順位。
男性の要介護者
婿>嫁>若い女性介護士>若い男性介護士>中年男性介護士>息子>娘>中年女性介護士
女性の要介護者
婿>若い男性介護士>中年男性介護士>嫁>若い女性介護士>娘>中年女性介護士
男性も女性も、中年の女性介護士が一番抵抗がないようです。
このデータには配偶者が入っていないのが欠陥です。現実には嫁が激減して変わりに娘が上昇してきています。そして同居介護が減り、別居介護が増えてきています。誰か一人介護者が決まると、他の家族は手も足も出さないくなる。介護者は非常に孤立する傾向があります。

8.家族介護の質は高いか ?
介護の質が高いというのは、良い介護のことだ、良い介護とは何か? それは要介護者が受けたい介護である。 家族はその意味では、まずアマチュアであって、資格・専門性・経験・訓練がない。
にもかかわらず、専門のヘルパーさんには許されない医療的介護、吸痰のような介護が家族に許されると言うのは、素人に医療介護を許し、プロに許さないということになる。
これは、家族なら要介護者をどのように扱っても構わない、生殺与奪の鍵を握っていることを、法律が認めていることになる。
また、一方、介護する家族のストレスは非常に大きくて大変なことは、だんだん知られてきています。
「家族介護のストレスの原因」は何か、それは「どこまでやっても十分ということがない」、これを家族介護の「無限定性」といいます。

9.人はいかにして介護者になるか  (ケアリング「笹谷2000」調査報告から)
家族介護というが、誰が誰を介護するかの組み合わせで、家族介護の質は非常に変わる。という調査報告があります。
・ 家族が介護を選ぶとき ①娘=>母 22.2% ②妻=>夫 19.7% ③嫁=>義母 17.8%
④夫=>妻 17.8%
一番多いのが娘が母を介護するです、嫁と義母の割合は減っています。
・ 介護を引き受けた理由 ①娘=>母 自分しか介護者がいない/愛情 ②妻=>夫 自分しか介護者がいない/愛情/当たり前 ③嫁=>義母 自分しか介護者がいない/長男の嫁としてのつとめ ④夫=>妻 自分しか介護者がいない/愛情/責任
家族が介護者を選べるのか、介護を引き受けた理由を見ると「自分しかいない」という事で、殆んど選ぶことが出来ない。 イギリスのメアリーディリーと言う介護研究者は「選べない介護は強制労働だ」と言っています。

10.介護者の事情
いくつかの事例が紹介されました。
①妻の場合 ・老老介護 70,80歳代も ・重度の在宅介護 ・夫の依存性が高い ・孤立しやすく、他の介護資源が得られない(要介護者が嫌がる) ・介護虐待 どちらが加害者で、どちらが被害者か
②嫁の場合 ・評価なき介護 やって当たり前 ・感謝なき介護 家の最下位者 ・対価なき介護
・介護ストレス大 ・嫁の意地介護 自分の気のすむような介護 ・他の親族の協力を得られない 他。
③娘の場合 ・既婚、別居の娘も介護負担を免れない ・多重介護、別居介護 ・夫への遠慮、意思決定が出来ない ・介護退職、再就職不安 ・夫(婿)の協力を得られない 他。
④夫の場合 ・定年退職者の場合は仕事に代わる新たな生きがい ・仕事遂行型の管理介護 ・ノウハウと情報はある ・介護者主導型介護 要介護者の妻はそれに従う ・介護の社会資源を利用しやすい
⑤息子の場合 ・中高年単身男性の老親との同居 ・介護能力、生活能力共になし ・社会的孤立 ・介護虐待、経済虐待/介護放棄など ・母親に被虐待当事者意識が薄い ・外部からの介入が難しい 他

11.施設での「家族にできない介護」とケアの最適配分
介護施設では、究極の理想を「家族的な介護」においている所が多い、家族的な介護とは、家族に出来ない介護のことで、それは「やさしくなれること」である。
これはどうしてかと言うと、やさしくなれると言うのは5時までやったらいい。5時になったら介護者は帰る。金曜日までやったらいい。ここまでやればいいと言う、限度のある介護、節度のある介護、距離のある介護だからだ。
家族介護はどこまでやったら十分と言うことのない無限定性のサービスで、だからこそストレスが大きくなる、介護者がストレスを持っていれば、そのしわ寄せは必ず要介護者に行く。
そうなると「家族に出来ない介護」とは、「やさしくなれること」だと言うことになる。

方向として、ケアというものを責任と愛情と、実際のワークを、多様な人たちの間で分配する。これをケアの最適分配と言う。家族は取替えのきかない関係です。取替えのきかない関係そのものとして、愛情も憎悪も家族が調達して、代替可能な資源はプロにお願いする。そこに第三者の介入と外部資源の利用を積極的に行う。家族の間であっても、適度な距離というものは必要だ。







2009年7月7日火曜日

NPO生きがい大阪会報への投稿

NPO 生きがい大阪の会報(2009年7月1日)へ、マイノートについて投稿しましたので、ご紹介します。





よりよい人生のために・・・・・・マイノートを出版しました。

   三津井博昭

昨年11月、突然母が90歳で亡くなった。 文字通りピンピンコロリの大往生であり、

本人もずっと口にしていた理想の逝き方であった。

ここ数年、だんだん衰弱してゆく父の介護をしながら、一人で果敢に生き、必ず父を見送ってからあの世へ行くのだといい続けてきた人だったので、父より先に逝ったのは無念だったかも知れない。

さて、残された家族はたちまち後始末に困ることになった。こどもの頃からの友人は一体誰でどこにいるのか、謡曲仲間は誰、逝去を知らせなければいけない人は?

預金通帳は、印鑑は・・・・などなど一人住まいが長かったため、分からないことだらけだ。生い立ちの話は折に触れ聞いていたはずだが、系統だてて整理したこともない。

お墓も先祖代々墓地に埋葬をしてよいのか、確か、そこには入りたくないようなことも

言っていたけど・・・

すべては後の祭りで、彼女の人生の想いは閉じられたまま、後始末は後に残された我々に委ねられ、そして我々の脳裏から徐々に消えてゆくことになる。

マイノートは、平均余命が長くなり、歳をとっていずれは誰かのお世話になることが避けられないこのご時世、自分が生きてきた人生の軌跡を文字にしておくことで、介護する人達に自分を理解してもらえるハンドブックとして作成した。

特別養護老人ホームであれ、有料老人ホームあるいは居宅介護のヘルパーさんであれ、介護サービスを提供する人にとって、その人の生き方、好き嫌い、友人関係、残りの人生で大切だと思うことなどが分かれば、よりその人にぴったり寄り添った介護が出来ると言われている。

人生の半ばを過ぎ、白秋期に入れ ば、残された人生を尊厳をもって、無理強いされないで、のびのびと自由に過ごしたいと思う。その思いをお世話になる方にちゃんと伝えることがとても大切 だ。 さらに、自分の長い人生を語り、心残りや、後に残される家族への伝言を伝えることが英語言うところのsurvived byの真意であろう。

マイノートの構成は、自分の人生史を語る部分と、人生を閉じるにあたって伝言として伝えたいことの記述から成り立つ。記入に際して必要な知識や情報を豆知識や参考資料として解説してあるので、少しづつ学びながら作り上げることが可能である。

特に伝言の部分(相続など)は状況や時間の経過により、記入内容を変更したいケースも出てくるので、その場合はブログから必要なページのみを印刷して取り出せるようにする計画です。 マイノートご希望の方は三津井までご要求ください、1部500円です。

より詳しい内容は http://fukushiikigai.blogspot.com/2009/05/blog-post.html をご参照ください。

2009年7月4日土曜日

マイノートの書き方講座

三鷹市で活躍中の「生きがいクラブむさしの」代表の増田さんから
2日間に亘る「マイノートの書き方」講座への感想を頂きました。
講師は「福祉と生きがいを考える会」の石田さんでした。
盛りだくさんの内容で、かつ一つ一つの項目もかなり重い内容にも
かかわらず熱心に聴いていただきまた受講者の姿勢に感銘を受けました。
この講座は来年3月にかけてあと2回(一回あたり2日)を予定しており
さらに多くの方々の参加を募っております。


2日間にわたる講座を無事終えることができまして厚く御礼申し上
げます。
石田さんの名講義に、参加者も負けずに一言も聞きもらさぬよう真剣でした。
その雰囲気は、アンケートの中にも読み取れます。

二日目は、受講者が減ってしまい残念でしたが、関心の強さは止むことの
ない質問にも示されておりました。アンケート結果を分析し、次回に備えたい
と思います。まとまり次第ご報告させて頂きます。

受講者の中には、内容に感心したので親類に差し上げたいからと5部注文
してきた方もおられました。買って頂くことはたいへんありがたいと思いますが、
著作者の思いや意図を知って頂くともっと理解が深まりますので、出来る限り
次回受講してもらいたいと考えております。
また、三重県にいる親にぜひ聞かせたいが、全国各地で講演活動を行うのか
という質問もありました。この方は、3年前の受講時5冊買ってくださり、母親が
ご自分のマイノートをすでに作られたそうです。

いろいろな形で役に立ってくれると、とてもうれしくなりますよね。

お蔭様でマイノートは簡潔に自分自身のことや人生を記入できると好評です。
また記入する各項目に対応して、項目に関する情報や参考資料などが
適切に配置されており、記入時に他の資料をほとんど必要としないで
ノートを完成させることができます。
ご希望の方はこの記事の下にあるコメントをクリックして、ご連絡ください。
また、必要なページを増印刷したい場合は、同じくコメントからご要求
いただければ、メールに添付してそのページをお送りします。




2009年5月16日土曜日

マイノートを出版しました


マイノートとは、人生の第4コーナーに差しかかった人が残りの人生を充実して、安心して暮らすために、自分についての情報をまとめて記述できるノートです。
私たち「福祉と生きがいを考える会」では、過去1年間、議論を尽くしてようやくこの程完成いたしました。
介護の冊子、「介護を受ける前に」をご覧いただいた方は、その中にマイノートの作り方と言う章があるのをご存知かと思います。
今回、出版しましたマイノートは直接その本に書き込むことが出来るようにデザインされ、さらに個々の項目に簡単な解説(参考)やヒント(豆知識)を挿入し、他の資料を参照しなくても、記入出来るようになっています。
又、記入後、時間が経って、内容を変更したい場合に備えて、このブログにアップするワード版から
必要なページを印刷して、追記や差し替えが出来るように工夫してあります。自分自身のために作成することはもちろんですが、どなたかの介護をする場合でも、事前に記入しておいてもらうことで、介護をする人々がその人の今までの人生やこれからの希望を理解して介護に臨むことが可能になります。
長い人生を過ごしてきた一人一人はすべて異なる生き方をしたきたはずです、それを簡単に言葉にすることの手助けが、このマイノートで可能になります。
このノートを、ぜひ転ばぬ先の杖にしていただければ、と念じております。

このノートは一部500円(税込み)でお分けしております、ご希望の方はこのブログのコメント欄にご連絡いただければ、送付させていただきます。
下記に、マイノートの目次をご紹介してありますので、参照ください、 また全内容の当ブログへのアップは後ほどご案内させていただきます。


マイノートの内容を目次で紹介しています、こちらからどうぞ


       

2008年11月23日日曜日

葬儀の費用はどれくらい ?

11月初め、母が亡くなった、90歳だった。 
本人が常々口にしていた通り、元気に生きてポックリと言う逝き方であり、見事な人生の幕引であった。

長い間、独り住まいだったので、何処に何があるのか、銀行通帳はあるが、印鑑がどれだか分からない、銀行カードはあるが、暗証番号が分からない。
年金手帳は? 一体親しかった友達は誰で、連絡先は ?  分からないことだらけで、右往左往する。

一方では、葬儀屋さんのペースで告別式の手順や葬儀会館の予約などがどんどん決まってゆく、火葬場の予約が決まると自動的に、葬儀、通夜などそれを主催する我々の都合など関係なく設定されてゆく。
又、墓のある寺院の僧侶についても、通夜から、葬儀、初七日、満中陰、まで流れ作業のように決まる。
墓碑に刻む戒名を石屋に依頼し、文字の確認や、日程のスケジュールも自動的に入る。
その間、葬儀に呼ぶべき人の選定は我々に残される、母の場合は専業主婦だから、友人関係が分からないので、連絡のしようがない。
家族葬にして密葬にするのか、家族を何処まで含めるのか、あの人は呼ぶべきかどうかなど、決め切れないことが多いのに、じっくり検討する時間が与えられないので、いらいらが募る。

通販で頼んでいた品物が突然届いたり、給食をお願いしていたところへ断りを入れたり、普段御世話になっていたヘルパーさんや、地域福祉事務所への電話連絡、母の手帳にあった謡曲や詩吟の先生、仲間を捜し当てて連絡したり、やることが山のように次々襲ってくる。
葬儀屋さんのペース、お寺さんのペースでスケジュールが設定されてゆくのは、その世界に無知な我々にとって、限定された期間の中での効率的な進め方に違いないと思う。

しかし、問題はそれらの値段である。
添付に、今回掛かった費用一覧を作成してあるが、どれ一つとっても納得のできる価格ではない。
そもそも葬儀内容について世間での価格が分からない限り、妥当性の検討は出来ないが、どう考えても値段が高すぎるし、こちらにほとんど選択の余地がない。

お寺さんの値段にしてもそうだ。 
生前、自ら墓地を故郷からこちらに移し、住職とも親しかった父母の意向を慮ると、結局はお寺さんの言うがままの費用を飲まざるを得ない。
最近では檀家寺が無く、葬儀の時だけ葬儀屋さんに僧侶を紹介されるケースが増えているそうだ。
そうなると、僧職者は本当に葬儀のセレモニー担当者のようになってきているのかも知れない、それにしてはお金が掛かりすぎる。
葬儀の費用内容はこちらから
この内容は、サービスメニューの中で高価なものでは全く無い、むしろ安いものを選んだつもりだ。
逆にこれ以上安くは出来なかった感じがする。 これは世間一般常識から言って妥当なものだろうか。